がんと最先端治療

がんと最先端治療A
 
3.わが国におけるがんの現状と10年後の予想

現在のわが国のがん患者さんは300万人、一年間に新たに診断される方(罹患者数)は50万人、がんが原因で命を落とす患者さんは30万人といわれています。一生の間にがんに罹る割合は2.5人に1人、3人に1人はがんで亡くなる計算になります。

10年後の2015年の予想では、患者数530万人、一年間の罹患者数は90万人、死亡者数43万人、一生の間にがんに罹る割合は2人に1人と増えますが、がんで亡くなる割合は3.5人に1人と減るとされています。

このデータをもとに計算すると、がんを抱えて生きている人(再発や進行期にあり治癒は望めないがまだまだ末期とは言えない状態の方)は、現在120万人、10年後には220万人に増加すると予想されます。

また、がんのうちわけとして2015年には全がんのうち腺癌が占める割合は80%に上ると想定されています。

すなわち、がんは今後10年でほぼ倍増し500万人以上のがん(400万人以上の腺癌)の治療を行うことが要求されるわけですが、それに見合う医療機関が整備されているかというと、必ずしも十分とはいえない現状があります。つまり、がんといえば手術、切れなれば治らないというがんに対するイメージを根本的に変えていくことが重要であり、「切らずに」、「外来で」治すがん治療が急増していくことと予想されています。

ただし、昨今新聞紙上でも話題になっているとおり圧倒的に不足している放射線治療および抗癌剤を専門とする臨床腫瘍専門医をどう確保していくかという課題があります。

がんが増えていくという現象には、人口構成の超高齢化というバックグラウンドがあります。つまり生物としてのヒトが長く生きた結果としての究極の死因として血管系の疾患とがんが残されているということです。脳血管疾患と心臓疾患、そしてがんという3大成人病(生活習慣病)はヒトという生物を襲う最後の関門であり、これまでそれぞれの専門領域の医療者は己れの専門とする疾患以外で患者さんの生命を終焉させるための努力を重ねてきたともいえます。現在は、脳や心臓の専門家のほうが優位に立っていますが、今後10年でがんが増える割に死亡原因となる頻度が減るということから見れば、がんの専門家が少しその体勢を立て直すことを意味しています。

ともあれ、今後急増が予想される高齢者がんについては、ヒトが長生きした結果であること裏を返せばがんになるまで長生きできたこと、そしてそのがんを大きな手術で克服できたとしてもそう遠くない将来二番目や三番目のがんが発生してくるということなどを前提として一人一人にあった対処方法をみつけていくという姿勢が大事になってきます。その中にはなるべく体に危害を加えず上手につきあっていきといった態度も含まれるでしょう。

一方でがんが最も恐ろしい病であると痛感させられるのは、一家の大黒柱であるおとうさん、子育て中のおかあさんといった労働生産年齢の人々ががんで命を落とすことであります。特に「あなたに打つ手立てはない」と宣告されたご家族の心痛は察するに余りあります。少しでも長く日常生活が維持できる体制作りが早急に必要となります。

4.現在のがん治療

これまでに確立された、がんの治療法にはどのようなものがあるのでしょうか。例えば、体の具合が悪かったり、健康診断で異常が認められたりしたとき人は病院を受診します。精密検査の結果「がん」と診断された場合、その性質や広がり方に応じ、手術、放射線、抗癌剤といった治療が施されます。

まず手術ではがん病巣をその周囲の正常な部分で包み込むようにしてとりだします。かなりの傷ができますがからだにはそれをなおすための仕組みが備わっています。次に放射線はがん病巣を含む領域に対し照射を行います。がん病巣はこの治療によって増える力を失い死滅していきます。一方、抗癌剤治療ではがんを直接ねらうのではなく体全体に対し細胞を殺す働きのある薬を与えます。もし体内に目に見えないがん病巣が飛び散っていたときには抗癌剤でないとおさえることができません。手術や放射線では目に見える病変しか相手にできないからです。

現在のがん治療法にはそれぞれに限界があります。手術は体に傷をつけて直接がん病巣を取り出すわけですから、がんの存在する局所を対象とした体に直接の侵襲の及ぶ治療といえます。がんが進むと手術では取りきれないことが多く、たとえ目に見える範囲でがんが無くなったとしてもやがてあちこちに再発してきます。その理由のひとつとして、傷が入ると体はその傷を治そうとして様々なメッセージを出しますが、それらは実はがん細胞をあちこちに広げ増殖させる作用があるといわれています。だから目にみえない量のがんでも残っていたときには手術を行うと体全体に広げてしまうことになります。放射線治療では体に直接傷をつけることはありませんが、がんと周囲の正常組織がともに照射されるため限界があり、放射線の効きが悪いがんの場合残ってしまうことがあります。また、一度消えたとしても同じ場所にまた生えてきたような場合に二度目の治療は困難であるとされています。抗癌剤ではその作用は体全体に及びます。重要な臓器の障害のせいで十分な量の薬が投与できないことから大きながんの塊をたたくのには向いていません。またがん細胞自体にも薬の効きがいいもの悪いものがありさらに何度も薬を使っているとがんのほうが慣れてきて最後には効かなくなる場合もあります。

これまでのがん治療技術の課題を克服するために様々な工夫がなされています。まず手術では極力傷を少なくすることにより体力の回復を促すような縮小手術があげられます。この代表に内視鏡手術がありますが一昨年来いろいろと話題になったように、安全確実にこれを行うには外科医の技量を必要としています。次に放射線については治療対象を従来の領域から局所に絞込むような技術の発展があげられます。それでも周辺の正常組織への影響は無視できず繰り返し治療は難しいといわれています。また抗癌剤については少なくとも効かないがんには使わないように予め調査することができるようになってきました。最近新たな治療法として免疫療法や遺伝子治療があります。最先端の生命科学技術を取り入れ、いわゆる「癌の特効薬」を作ろうとする動きです。米国をはじめとした西欧各国で21世紀型の基幹産業となるヒトゲノム情報の利用を表した戦略の概要を下図に示します。

 

現時点ではこれらは極限られたがんに対して実験的に用いられており、どんながんにも効くという証明はなされていません。また遺伝子治療については1999年に起きた重篤な副作用の結果、世界的にみても承認に慎重な姿勢を示しています。

これらの方法論を見て分かることは、現在実施されているだけでなく想定されているすべての手法をもってしても、多段階遺伝子変異というがんの原因を取り除く(つまり変異したすべての遺伝子情報を修復する)といった根本的治療法は存在しないということです。

つまり、多くの感染症に対する抗生剤のような純粋技術レベルとは異なり、21世紀においてもがん治療とは発展途上の技術であると言えます。米国がんセンターによっても、がんの治癒とはがん以外の原因で死ぬまでがんおよびその治療の副作用で死なないこととしか定義できていません。

では現実にわが国ではがん患者さんたちはどのような医療を受けているのでしょうか?

ここに現在のがん治療成績をもとにした100人のがん患者さんのモデルがあります。

 

今、100人の様々ながん患者さんが医療を受けるとします。最初にそのがんの進行度を調べるステージングが行われ80人が根治的医療の対象となり、残りの20人は進んだ時期にあると判断されます。根治的医療をうけた80人のうち48人は経過観察中再発せず治ったとみなされますが、32人は体のどこかに再発してきます。この32人のほとんどは治療を受けてもしだいに進んだ時期すなわち、がんが体のあちらこちらに存在するという状況に至ります。この時期にはがんに伴ういろいろな症状が出現しており、痛みをはじめとするこの症状への対処が重要となってきます。この時期では未だ命の危機に直面しているわけではなく社会生活を送ることは可能なものの、放置するとがんにより重要な機能が侵されていきます。やがて、終末期を経て最終的には52人の命が尽きるときがやってきます。

では、これらのがん患者さんはそれぞれの時期でどのような医療を受けるべきだと考えられているのでしょうか。現在の医療体系において有効と考えられているのが、統計学的な根拠に基づいた手法です。インターネットの普及により全世界の医学論文を検索することが容易になってきました。そこで、最もふさわしいと考えられる治療法を見出す一連の方法をEBMといいます。このEBMの基礎となる医学論文のほとんどは、治る可能性のあるがんについて書かれたものです。そのためEBM体系は非進行期の根治可能な方のものとなります。一方、「がん」が進み、余命いくばくもない時期にある方にとっては、直面する痛みなどの症状を取り去ることが優先されます。この終末期を担当するのが緩和ケアです。このようにして見ていくと、ちょうど真ん中の「再発進行期」の方への医療が、抜け落ちていることがわかります。200万人にのぼる、これらの「がんを抱えて生きている」方々に対する医療体系を整備することが急務であるといえましょう。

話は変わりますが、よく、がん治療法の進歩とか、がん検診による早期発見ががん治癒への道とか言われています。ではこのようながん医療の進歩は患者さんたちにどのような利益をもたらしているのでしょうか?それを示した表が下記のものです。

 
早期発見率
早期治癒率
非進行期
進行期
再発期
治癒
非治癒
現状
80
60
80
20
32
48
52
A
80
65
80
20
28
52
48
B
85
60
85
15
34
51
49
C
85
65
85
15
30
55
45

これまでの検討により、8割の「がん」は早期に発見され、その6割は治癒するということがわかりました。その結果、治る人は100人中48人、治らない人が52人という比率です。そこで、もし、治癒率が5%上昇するとどうなるか、それを計算したものが「A」です。52人が治り、48人が治らないという結果になりました。この設定は国立がんセンターで過去5年間に達成された成果に基づくものです。今度は早期発見率が5%向上した場合はどうなるのでしょうか?結果は「B」です。治る人は51人となりました。もし「A」と「B」の両方が現実のものとなった場合はどうか?それが「C」です。55人が治ると出ました。

がん治療技術の進歩やがん健診の充実により過半数の患者さんたちが治癒するということがわかります。しかし残りの40%以上の方は最終的にはがんが原因で命を落とすことに変わりありません。がん克服は道半ばの感が否めません。

今、がんを抱えて生きている患者さんの命が延命できたとしたらどうでしょうか?

下の表は5年生存を治癒とみなし、20年間(誘発がんの発生まで)観察し、治癒しない患者さんの命が5年間に均等に失われるとして計算した生存指標の一覧です。

 
現状
A
B
C
D
予後中央値
4.36
20
20
20
8.72
予後平均値
10.90
11.60
11.43
12.17
12.20

ここで「A」、「B」、「C」は先ほどと同じくそれぞれ、非進行期の治癒率が5%アップ、非進行期の発見率が5%アップ、両者とも5%アップという設定であり、「D」は治癒率や発見率は変わらずに再発進行期の生存期間のみが2倍になった場合を想定しています。

現在の医学会の中では生存期間の指標として中央値を用いることが薦められています。過半数の患者さんが治癒に至れば中央値は一気に観察期間上限にまで達するわけですが、平均値でみれば、「D」の非進行期の成績はそのままでも再発進行期の生存期間が倍になった場合のほうが著しい改善傾向を示すことがわかります。

これまでに見てきたように、がんの最大の脅威とは労働生産年齢の方々が無残にも命を落とすことでした。その時期が少しでも延びることはそれだけ子供たちの成長を見届ける機会に恵まれるわけであり、がん対策が発展途上の医療技術である現状からみて再発進行期にある患者さんの延命が急務であることを意味していると考えられます。

ここまでのことをまとめると、現在のがん医療の最大の問題点とは「がんを抱えて生きている」100万人以上(10年後には200万人以上となる)の患者さんとそのご家族の「命のこと」、「家族の行く末のこと」、「暮らしのこと」、「生きがいのこと」これらの様々な願いに向き合うという真摯な姿勢に欠けているということです。EBM体系からは「何をやっても無駄」といわれ、緩和ケア体系からは「あきらめて楽になろう」といわれるこのような患者さんたちは少しでも希望を求めて、全国の様々な医療機関だけでなく民間療法施設やお呪いのたぐいも含め、さ迷いめぐるといういわゆる「がん難民」状態が出現していることを政府や医学界はどのように受け止めているのでしょうか?

 
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