がんと最先端治療

がんと最先端治療C
 
6.わが国が世界の誇る最新科学技術

このようなX線治療の限界を革新的に打ち破る技術があります。X線定位照射よりもさらに一層ターゲットのみに限定し、数倍から数十倍の致死効果が得られ、周辺に障害を生じず、かつ転移を促進しない、その技術とはわが国が世界に先駆けて開発してきた先進テクノロジーである重粒子線治療であります。

重粒子線とはどのようなものなのでしょうか。一般に、電離能力のある放射線は、光と粒子にわけられます。粒子のなかで電子のサイズは極めて小さく、その生物効果や物理的特性はむしろX線に近いとされています。一方、陽子より重いものを重粒子とよびます。具体的には、ヘリウム、炭素、ネオンなどの原子核です。

 


 
治療に用いるには、原子の周囲にある電子を剥ぎ取った原子核をシンクロトロンで光速近くまで加速していきます。これまでの検討により、数ある重粒子のなかで生物効果や物理的特性からみて、炭素粒子が最適と考えられています。
 
 
では重粒子線にはどのような特徴があるのでしょうか?細胞を死滅させる放射線の効果は細胞のDNAに及ぼす影響が根源であると考えられています。通常のX線や電子線ではDNAに与えるダメージが二重鎖の片側であるのに対し、重粒子線では両側に及ぶことが特徴です(下図左側参照)。
 
 
ダメージの強さを示す指標のひとつにLETがあります。これは1ミクロンの間にその放射線が放出するエネルギーを示します。重粒子ではこの値が100〜200Kev/1μmになります。細胞を殺す能力はX線や電子線の数倍から数十倍に及ぶことがわかっています。なお、同じ重粒子線でもSOBPという方式では3倍程度であります(上図右側参照)。

では、ターゲットにどれくらい効果を集中させることができるのでしょうか?それが物理的線量分布と呼ばれるもので、X線や中性子線では表面近くが最も高い効果を示し、深くなるにつれ減衰していきます。これに対し、陽子線や重粒子線では表面近くの効果は少なく、深いところで急に高い効果を与えることがわかっています。そしてこのピークを過ぎると急に減衰していきます。このようなピークを「がん」にあわせて治療すればより高い効果を集中させるとともに周囲の正常組織へのダメージを最小限に減らすことが可能になってきます(下図参照)。

 
 
肺がんを例にとり、X線と重粒子線の、効果の違いを比べてみましょう。下図左のX線では「がん」以外の正常な肺や脊髄にも同じ程度の影響が起きているのに対し、右の重粒子線ではほぼ手術と同じ範囲に影響を限局させることができます。このように重粒子線は、少ないダメージで、高い効果が発揮できる特殊な放射線なのです。
 
 
これまでに世界のさまざまな施設で用いられた放射線の優劣を下の表にまとめます。
 
 
生物効果
物理的特性
X線
電子線
負パイ中間子線
中性子線
陽子線
重粒子線
最優
最優
 
生物効果、つまり効率よく細胞を殺す能力はパイ中間子線で少し、中性子線でかなり認められますが、重粒子線が最も高いことがわかります。一方、物理的特性、つまり周辺への影響を避けながらいかにターゲットにダメージを集中させるかという点についてはパイ中間子線で少し、陽子線でかなり良好となり、重粒子線はこれについても最高であるといえます。つまり、重粒子線は数ある放射線のなかでも圧倒的なチャンピオンなのです。

このようにすばらしい特性をもった重粒子線を用いた治療施設はどこにあるのでしょうか。わが国では90年代当初に千葉の放医研において世界で最初の医用専用施設が作られました。国内第二号は兵庫県にあります。

下図にてもわかるとおり世界的にみて物理的特性に優れた陽子線や生物効果の高い中性子線の施設はかなりの数に登ります。しかし、現時点でわが国のほかに重粒子線施設をもつのは「ドイツ」だけです。一般に粒子線治療を受けた症例は全世界で30000人以上にのぼります。このようにわが国は粒子線医学において世界のメッカであるといえます。

 
 
では、重粒子線治療の成果はどうなっているのでしょう。放医研での臨床治験の結果が公表されています。それによると治癒可能な早期がんでは手術に匹敵する成績が示されています。手術を含むあらゆる治療方法で歯が立たなかった体幹部の骨軟部組織の肉腫や、進行期の頭頚部がんにおいても非常に良好な結果が得られています。また素粒子研究施設を使用して行われた米国LBLの実験においても進行期がんで、QOLの改善に寄与したという報告があります。下の表は2003年3月における放医研の成績です。
 
 
肝臓
前立腺
子宮
骨軟部
進行頭頚部
制御率
86%
83%
100%
100%
76%
80%
生存率
88%
50%
98%
75%
45%
44%
 
放医研における炭素線治療の実例を示します。まずは舌の悪性黒色腫です。
 
 
炭素線照射で完全に消えた例です。一般にこの腫瘍は手術も難しく放射線や抗癌剤の効果も期待できない極めてなおしにくいものと考えられています。舌を残して完治できた点において画期的な症例です。

肝臓癌の例です。

 
肝臓の最も奥にある尾状葉は手術が難しいことで有名です。4回の炭素線治療で「がん」は消失し正常な肝臓への影響も全く認められません。

骨肉腫の例を示します。

 
骨軟部腫瘍のなかでも体幹部の骨肉腫は手術による侵襲が大きく、制御が極めて困難な悪性腫瘍です。図の上側は腰椎下部の骨肉腫。炭素線治療後腫瘍は消失し骨の再生を認めます。下側は造影剤によく染まる、頚椎の骨肉腫。炭素線治療後やはり腫瘍は消失し骨の再生が生じています。

重粒子線がしっかりと病巣に一致して投与されているかどうかについて確認する方法も確立されてきました。
重粒子線では打ち込まれた粒子が体内で止まった部位に自己放射化という現象が生じます。これをPETで捕らえることにより、後で治療が行われた部位を確認できます。下図左側はその画像であり右側は予定された線量分布の画像です。両者がよく一致していることがわかります。

 
 
このように極めて優れた治療方法である重粒子線ですが、解決すべき課題もあります。拡散させた高線量域(SOBP法)を採用していること、遅い粒子取り出し法を用いていること、位置決め装置全体が従来のX線治療の方法を基本的に踏襲していることなどです。

SOBP法は本来のピークを拡散させて腫瘍をカバーさせる方法です。結果として高い山を削り台形の丘を作り余った土砂を手前に積み上げた造成地のような格好になります。ここでは重粒子本来の細胞を殺す能力が低下しています。SOBP法では生物効果が3倍程度であったことを思い出してください。さらに奥のビーム形状を腫瘍に合わせ込むために個別の整形材が必要となります。これを「ボーラス」とよび作成や廃棄に余計な時間と労力を要します。本来粒子は1/1000〜10000秒レベルで取り出すことができるのですが、現状ではわざわざ数分をかけてゆっくりと取り出しています。そのため、呼吸を止めたままでは治療できず照射中にがんが動くことになります。また照合方法が従来のX線治療を踏襲しているためターゲットの位置確認と照射の間にタイムラグがあります。自己放射化画像についても照射結果の確認にしか用いられないという課題があります

重粒子線治療の課題にはハードウェアだけではなくどのようながんに適応するかというソフトの問題もあります。もともと放医研では治験という形で治療を行っていました。そのため重粒子の適応されるがんは非常に限られたものでした。しかし高度先進医療となった現在においても相変わらずその対象となるがんは、全がんの数%に限られています。

 
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